開業カウンセラーの日常

元気になる方法


高柳和江先生(パッチ・アダムス先生のソウルメイト)の著書に、ルーマニアのある長寿の村のことが書かれている。

そこの人たちは、いつもきれいな水を飲み、ヨーグルトを食べて、病気もしないし、感染症もないし、とても健康的に百歳まで元気に働いて生きているそうである。
ただ生きているだけではなく、自分で働き、楽しい余暇を過ごし、そして社会に貢献しているのだそうだ。

最近の日本では高齢化が進み、百歳以上の人も珍しくなくなってきている。問題は、高齢というだけでなくて、「長寿」という楽しく生きる術(すべ)が大切になってくるという事である。

先生はその著書の中で…

◆元気になる方法
①栄養のある美味しいものを食べる
②いつでもあたたかな声をかけられる
③生きがいがある
④無償の愛を与える相手がいる(動物でもよい)
⑤老若男女と交際できる
⑥歩ける(一日五千歩)
⑦おしゃれをする
⑧日記、俳句、詩などを書き記す
⑨責任をもってする仕事がある
⑩外出する、旅行する

納得でありんす( ̄∀ ̄*)イヒッ



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26年 後半になって


ゲリラ豪雨御嶽山噴火
さて次は?異常気象継続
さらに人も異常気性継続
午年で天災も人災も良くない事ばかりが飛躍しても洒落にならない(-_-#)

残り3ヶ月…頭が痛いね
これ以上、一体何が…(>_<)

世界に目を向けても、やはり天災に人災(特に戦争)
史上最悪とは言わないが、21世紀になって15年が経過しようとしているとは、とても思えない(T_T)

神はいないけど(笑)人類をどうしたいんだろうね(@_@)
秋晴れで気持ちいいはずなんだけど何となく鬱



おいちゃん


深夜の瞑想…
叔父に会った(@_@) もちろん現世では故人です

母の妹の夫の叔父、国鉄(今のJR)に勤務していた叔父、山男で私に山とスキーを教えてくれた叔父、大好きだったなぁ

子供の時のように「おいちゃん、会いたかったぁ」と言って叔父に抱きついていた私(笑)
懐かしくて嬉しかったおいちゃん、ありがとうm(_ _)m

モッガラーナは会いたい故人に誰でも会えたそうだが、私ごときではとてもとても( ̄○ ̄;)


天才の条件・・・?


源義経は、軍事の天才であったと思う。
歴史的にみて彼の場合、戦略というものはナシだったようだが、戦術においてはまぎれもない天才であった。

天才の一つの条件として、他の誰も思いがつかないような、独創的というか奇想天外な方法を編み出すというのがある。
彼は既成の概念や常識にとらわれない革命的な戦法で平家を撃破していった。それは、時として合戦のルールを無視した掟破りの卑怯な方法だと非難されもしたが…(>_<)

事実、彼は平家との合戦では、このルール違反を連発している。
一の谷の合戦では、敵の無防備な背後、つまり急斜面を馬で駆け下りて奇襲をかけ敵を倒しているが、当時の合戦のルールとしては、双方で名乗りをあげ、正面から正々堂々と渡り合うのが礼儀作法であった。

それを彼は全く無視したのだから、卑怯と非難されても仕方がない。
また、屋島の合戦では暴風雨をついて敵の本陣を急襲している。
命のやりとりなので、作法だの何だのと悠長なことは言ってられず、彼の合理的戦法に今の感覚では拍手喝采だが、当時の常識からすれば、彼のやり方は勝ちさえすれば良いというダーティーな戦法と見なされたのだろう。

さらに極めつけは壇ノ浦の合戦だろう。
海戦は平家のお家芸で、最初は平家の圧勝かと思われたが、彼は形勢が不利になると、ここでも革命的な戦法に出た。
船に乗った武士ではなく、その船の漕ぎ手を狙って矢を浴びせかけたのだ!
非戦闘員(?)を狙うというのは、これまた常識はずれのダーティーな戦法で、漕ぎ手を失った平家一門はそのほとんどが壇ノ浦の藻くずと化したのだった。

彼が短期間で強大な平家一門を滅ぼしたのも、こういう既成概念を全く無視した戦法をとったからであり、さまざまな批判はあったものの、「勝てば官軍」なのである。(「勝てば官軍…」と言ったのは油井小雪だが)

もっとも、戦術的には天才の義経も、グローバルな視点から天下の形勢を見たり、長久の策を立てたり…という方面ではまるで赤子同然であったから、あえなく破滅の道を歩んで行ったのだろう。

でも、彼の革命的戦法は日本の合戦史上、輝くものであることには間違いあるまい。

明日の人類(?_?)


瞑想でのビジョン

①かたわらに大きな石のある街道で、老婆に道を教わる類人猿

②さらに進むと美しい湖があり、そこで泳ぐとヒトへと進化した類人猿

③街道を進むうちに様々な知識やモノを手に入れ、有頂天のヒトへと進化した類人猿

④そして、その知識や大量のモノのせいで、自己崩壊していくヒトへと進化した類人猿

はぁ、意味深…
明日の人類だな(T_T)



横浜も涼しい


新潟は驚くほど涼しくて快適だったが、横浜もかなり涼しくなってきた

日中は24℃くらいで朝晩は16℃前後、湿度も高くなくイイ感じ
油断をすると風邪をひくほどに…( ̄○ ̄;)

去年はいつまでも暑くて秋が短く急に冬になり
しかも関東は超ド級の寒波にみまわれ、都市機能が麻痺、最悪だった

今年も異常気象は続いているがあと3分の1、どげん事なるやろか(?_?)

皆様、寒暖の差にやられる事なくお大事にm(_ _)m

今夜 横浜に帰ります


「新潟滞在 最終日」


巷では嫌な事件・事故が頻発しています
皆様、トラブルに巻き込まれないようにm(_ _)m

さて、8日間の滞在も無事に終わりました
新潟の旬を堪能しましたし、エアコンのほとんど いらない快適な気候でしたね(^_^)v

今夜、横浜に帰ります

ピークは過ぎました


「新潟滞在中」


茨城県で震度5弱(>_<)
少数ながらもケガ人も出ているとか皆様、くれぐれもお大事にm(_ _)m



さて、新潟はスローバラードになりました
気温も湿度も過ごしやすいレベルに…(^_^)v
今年はやはり秋が長そうですね

夜は好きな音楽を聴きながら一杯やるのがイイ感じに(笑)

後半戦も新潟の旬を味わいながら頑張ります



晴れました(^O^)


「新潟滞在中」


大雨洪水、雷、竜巻…
やっと警報や注意報から解放されました
大日如来様は偉大青空との組み合わせで気分爽快

今年は秋が長そう
スポーツ、芸術、グルメ、読書…etc
皆様、それぞれの秋を満喫されて下さいm(_ _)m


まるで梅雨(-.-;)


「新潟滞在中」


かなり天候が不安定ですね(・_・;)
雨 雨 雨の日々…

いつもなら11月くらいからこんな天候になって雪が降るんですが、雪こそありませんが、変な感じは否めません(>_<)

雷も凄まじく、深夜だと目が覚めます(泣)
竜巻も小規模ながら数ヶ所で発生していますし、やはりプチ氷河期突入…ギャア(;_;)

でも、異常気象に負けないように(笑)新潟の旬を味わっています(^_^)v


着きました(^O^)


「新潟滞在 初日」


いつものように魚沼クライアント宅に寄って、新潟市西区にあるオフィスに着きました(^o^)/

関東は晴天でしたが、関越トンネル越えたら雨模様、不安定な天候の新潟です(-.-;)

新潟の旬を味わいながら8日間頑張ります(^_^)v

しき すなわち これ くうなり


虫の音を聴きながら♪
深き瞑想へと…

港が見える
活気ある街
そこを歩いている私
人々とすれ違いながら
前から歩いて来る女性
会った事があるような?
立ち止まる2人
刹那 場面が変わる
同じ港のような(@_@)
でも時代が違う
帆船が見える
かなり過去だな(?_?)
微笑んでいる女性
あっ 思い出した!
私はここにいたんだ
そして この人と生きたんだ
刹那 もとの港
2人はすれ違って行く
彼女の声が…
どこにでもいて どこにもいない
あるようでない ないようである
【ここで覚醒公式作動】


興味深いビジョンでしたね…「色即是空」「空即是色」なんでしょうか?

覚醒後の虫の音は、なぜか無常の音のように聴こえました(笑)




お知らせ


弥彦神社

新潟出張のため、10~20日は横浜はお休みしますm(_ _)m
写真は新潟のパワースポット 弥彦神社です(^_^)v

茶の心


茶の湯では、五感への特殊な刺激を与えられることによって、座禅と同じような境地へ至ることができる。

安定した姿勢、雅(みやび)な身のこなし、呼吸の調整、お香の匂い、単調で平和な茶釜の音(松籟;しょうらい)、抹茶のデリケートな味わい、床の間に掛けられた枯淡(こたん)な掛軸、その他茶器がもつ独特な鎮静的雰囲気などがその刺激である。

「千利休」の短歌に・・・
   点前(てまえ)には
   重きを軽く
   軽きをば
   重く扱う
   味わいを知れ

これは、空の水指(みずさし)を、あたかも水を満たしたかのように持ち運び、逆に水を満たした水指は、空のそれごとく持ち運ぶ修練を意味する。

私は、それ以上の解釈をしてみた・・・
人が失敗するのは、物事を軽く見くびって対応するときに多い。一方、少し困難なことに出会うと、ついしりごみして人生のチャンスを逃しやすいものである(>_<)

「一期一会」、すなわち「ただ一度の出会い」ということが、この茶室で教えられる。この茶室でこの客に出会い、一碗(ひとわん)の茶を点(た)てるのは、これが最初で最後である。
すべての人は遅かれ早かれ「死」へと運命づけられている。ただ、日常生活の中ではこのことを忘れがちなだけである。だから、今この客に深い愛情をもって、この一碗の茶を点てることにベストを尽くすようになるのだ。

茶の湯は単なる趣味でなく、悟りへの道である「茶禅一味」 (^_^)v

自意識を離れた行動が、意識的な努力や目的にとらわれることなく、自然に身体から起こってくる。まさに「いまここで」「あるがままに」なのである\(^ー^)/

「死」の教育


ヴァン・デン・ベルグ著の『病床の心理学』の中に…

「現代人は病気になるとむずかしい患者になるだろうと思われる。病床は、心の準備がいちばん乏しい課題へと彼を追いやるからである。すなわち、肉体の脆(もろ)さと人生のはかなさに直面することの準備である。」
「同じように、現代人は見舞い客としてもあまり好ましい存在とはいえないだろう。なぜならば、現代の健康者は自己保存についての誤った感じ方から、病気についても語る準備ができておらず、自分自身からそうしたことについての思想を排除してしまっているからである。」

これは現代人のメンタリティをみごとに指摘している。

現代は科学や医学が進歩し、私たちはその恩恵を受けている。これはとてもありがたいことではあるが、その代償として、苦しいことや危機に対する精神的・肉体的耐性は失われつつある。

暑ければ冷房、寒ければ暖房、病気になれば医学が治し…、不快なことはすべて科学・医学が排除してくれ、それを当然のように思っている。また、これまで不治と思われた病気も治るようになった。

それはそれで、大変すばらしいことではあるが、しかしそのために、人は“肉体の脆さと人生のはかなさ”を忘れてしまったし、そういうものに対する心の準備も忘れてしまったのである。

だから、ベルグは「現代人は病気になった時、やっかいな患者になる…」と述べたのである。

『死』を忘れた文化とは、ただ単に人が死ぬことを忘れているという意味ではなく、人生観や価値観に深く影響が出ていることをいう。こうした問題は健康な人にはむしろ生きがいを感じさせているかもしれないが、病気の人・ハンディのある人・社会的弱い立場にある人を逆に苦しめる結果となっている。

病気の人等が病気を受容し精神的な苦痛から解放されるためには、こういう現代の死を忘れた文化を土台にした人生観や価値観から解放されなければならない。

しかしそれ以上に、健康な人が死を忘れた文化を土台にした人生観や価値観から解放されることの方が、はるかに重要である。

そうでなければ、病気の人・ハンディのある人・社会的弱い立場にある人にとってよき隣人となることはできないし、青少年の健全育成や精神的要因と考えられる犯罪の撲滅へとつながらないからである。

われけふもあり


死んでいった者たちの声がするようだ
私は霊能者ではないが・・・(笑)

   虫の音に
   さそはれし夜
   風は涼し
   満天の星
   われけふもあり

みんな 今日もここにいるさ!



長月です


3分の2が経過
長月の一日は秋雨前線の影響で朝から雨
まだ天候不安定で、不定愁訴的日常(汗)また、週末は暑さが復活とか(>_<)
もう秋でいいんだけど・・・

午年は年明けから異常気象続きでしたね
それらの災害で亡くなられた方々のご冥福を祈りますm(_ _)m

秋から冬へと・・・
午年の後半はどんな展開になるんでしょうか(?_?)

プチ氷河期突入
それが顕著に太陽活動は間違いなく低迷期へと入っていますから・・・
絶望的ではないにせよ、天変地異は加速傾向でしょうね(-.-;)
そして50年をかけて冷えていき 寒い時代へと・・・沖縄でも雪を見られるような( ̄○ ̄;)

沖縄の綺麗な海を眺めながら雪見酒と洒落込みたいところですが・・・
私はもう骸になってるな(笑)