開業カウンセラーの日常

死の教育


科学文明の発達は、超越的な『神』に対する信仰を崩しつつある。
例えば、米国では日曜礼拝に参加する人たちが年々減ってきている。

そのことがきっかけかどうかは不明だが、全米の大学では「死の教育」というコースが設定され、ボストンの博物館などでは「死と喪失の展示会」と称する催しが行われ、米国内で反響を呼んだことさえある。

現代っ子は日常で「死」を見ることが少なく、肉親やペットや友人などの「死」に戸惑い、ノイローゼになったり、共感して一緒に自殺までしたりする。

青少年が浮浪者をなぶり殺しにした事件なども、生命の尊さを実感する機会が乏しくなったことに起因しているのだが、一般に若い世代に万能主義がまかり通り、「死」、「老化」を忘れがちな傾向が強い。

私の近所の小学校では、みんなで可愛がっていたヤギが病気で死亡してから、子供たちは動物の死をみずから体験することによって、次に飼うときはもっと大事に育てることを学んだという。

上智大学のデーケン教授は…
「人生の重大な試練には、必ず、教育や訓練によって準備をととのえている。それと同様に、人生最大の試練である『死』に対して、なんの準備もないのは片手落ちだ、悲しみを乗り越える教育も大切だ」
と言っておられる。

「いまここで」の生活の中で『命』への目覚めを説くべき日本の仏教が、死者の弔いに片寄りがちなのは嘆かわしいことだが、「死の教育」は「生の教育」の本質につながるのである。


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不思議に思った


瞑想中に何十年も会ってない友が出てきた(^O^)
なつかしい!
不思議なことに、近年の写真すら見てないのに、友の顔はそれなりに歳をとっていた(笑)
私の脳が、年齢相応に顔を構成したんだねぇ(驚)

さらに子供の頃に死んだ友にも会った(@_@)
「お前生きていたんか」
でも友の顔はあの時のまま…(>_<)
「やはり死んだんだね」
友は幼い顔のまま微笑んでいるだけだった(T_T)


生きている友の顔は歳をとらせてイメージ化、死んだ友の顔は当時の記憶のまま…う~ん、潜在意識下では何が起きているんだろうね?
ヒトの脳内宇宙は摩訶不思議だよ(?_?)




熊野古道の神秘


かなりの確率で「熊野古道を歩くとストレスが解消される」らしい。
世界遺産をめぐるこんな調査結果が、和歌山県や和歌山健康センターなどから出ている。


報告では…
20~70歳の男女をのべ120人ほど動員して、案内人の語り部らとともに約3~7Kmコースを歩いてもらう実験をしたそうである。
ストレスの指標としたのは唾液中のホルモンの「コルチゾール」で、ビフォーアフターでは7割減と良い変化がみられたそうで、和歌山市内を8Kmほど普通にウォーキングした場合は全く変化しなかったそうである。

コルチゾールとは副腎皮質から分泌される必須のホルモンで、ストレスに対抗するために、体内のコルチゾールが増加してしまうと、多くの弊害が出る。コルチゾールの主な作用は、血圧上昇、血糖上昇、心筋収縮力の上昇、心拍出量の上昇などがある。このため循環器系への負荷が高まり危険性が増大する。コルチゾールの増加は一般的に免疫力を低下させ、精神的にも「やる気がでない」などの鬱傾向になりがちである。

また、唾液中の免疫グロブリンAを調べると1.7倍にもなり、熊野古道を歩いた後も1.3倍をキープしていて免疫力が強まっていたそうである。免疫グロブリンAは、低下すると感染症などを引き起こしやすい。


科学的にどういうメカニズムの「癒し効果」があったのかは解明されていないが、いにしえより言い伝えられている各地の霊場は、経験的に古人たちがまさしく肌で感じ取ってきたんだろうなぁ。古人の知恵は素晴らしい\(^ー^)/



盛夏


   暑中お見舞い申し上げますm(_ _)m

2015夏


今夜 帰ります


「新潟滞在 最終日」


イレギュラーなどありまして、慌ただしい滞在でしたが、何とか終わりました(^O^)

わりとストレスフルだったんで、新潟の旬をしっかり食して気合いを入れましたね(笑)

梅雨明けしたばかりなのに、今日の新潟は一日中雨のようです(>_<) 横浜はカンカン照りだそうですが…

皆様、よい週末を(^_^)v


やっと梅雨明け


「新潟滞在中」


新潟も梅雨明けしましたが、いきなり36℃の猛暑にみまわれ閉口しています(>_<)

時間があれば、ここは海岸まで徒歩5分(^O^) 軽く海に浸かってきたいところです(笑)

後半戦、頑張ります(^_^)v


夏土用


「新潟滞在中」


フォルティシモが続いていますが、何とか善戦しています(^_^;)

夏土用です!
ウナギを食して精をつけましょう(^_^)v
私はもう食しました(笑)
やはり美味い!!



関東は梅雨明けだそうですが、新潟はまだ…
下越の農家曰く「今年は雨が少ない」ので「雨 雨 降れ降れ もっと降れ♪」だそうです(@_@)

横浜に帰ったら暑そう(泣)


前途多難(;´Д`)


「新潟滞在中」


風雨強めの中、無事に着きましたが、早々にバッドメールが…(>_<)
気圧のせい?蒸し暑さのせい?? いずれにしても前途多難な文月の滞在になりそうです(汗)

臨兵闘者皆陳列在前!
練り上げた氣で、最善をつくします(^_^)v


明日は越後の空の下


明日から新潟滞在ですが、なんか台風と平行して日本海に行くような形に…(汗)
各高速道路の通行止が心配ですが、たぶん大丈夫かな(^_^;)

東名→圏央道→関越道→北陸道と、実は高速道路はこれだけ使うんです
約330キロありまして、自宅から東名横浜インターまで5分、新潟西インターで降りてオフィスまで10分、一般道がほとんどないので楽です

圏央道が東名と関越道を繋いでくれてからは、かなり楽になりました( ̄∀ ̄*)イヒッ
関越道は正確には長岡まで、長岡から先は北陸道になります。

今日はオフ、明日の準備して、のんびりします


お知らせ


      16~25日まで新潟出張のため、横浜はお休みしますm(_ _)m
              皆様、暑さと台風にお気をつけ下さい!

                          お休み2





強風 そして暑い(>_<)


水難や熱中症で死者が…
前者は子供が多く、後者はお年寄りが多い(-.-;)
ご冥福を祈りますm(_ _)m


横浜は風が強くて暑い!
夜も熱帯夜気味で寝苦しい(>_<) 風の音がゴォーゴォーと聞こえ、不気味な感じがする。

今日も高温注意報が各地に出るんだろう?
午前7時の時点で、すでに外は暑い(T_T)

皆様、お大事にm(_ _)m




かなかなかな…


早朝に聴こえるひぐらし
かなかなかなかな…
また夏が来るんだねぇ
暑~い 夏が…
つくづくそう想う
森羅万象の理
我もまたその中の事象に過ぎない
ひぐらしと何も変わらないよね

ヒグラシ







ニーチェ かく語りき


ニーチェは「釈尊は偉大な生理学者であり、彼の教えは衛生学だ」と言ったが、確かに釈尊の高弟である高僧らは、天地一切と融けあっていたよなぁ・・・

ハーバード大学の生理学者のシャピロー博士は「生きるか死ぬかの大病をした人ほど、身体の声がよく貞(き)こえるようになる」と言った。「生体フィードバック」という言葉をはじめて使ったのが博士で、身体から発せられる信号を貞いて適応する機能のことである

本来、体調に応じて、コンピューターより正確に、何をどれだけ食べればよいのかの指令が脳の食欲中枢から出ている。生きるのに必要なギリギリの食物しか摂らないでいると、この身体の声が貞こえてくるものである。

ところが最近は飽食で、その声が貞こえないために肥満が多くの成人病の根になっている。まったくもって困ったもんである(>_<) 禅宗の山田無文老師は「禅坊主で病気する奴はインチキだ」と言ったが、なるほど確かにそうなんだろうなぁ(笑)

「生命の流れるままに流れる者は幸いである」とは老子の言った言葉だが、やはり東洋の道「タオイズム」は至上であるよね



七夕


七夕

左上が織女「織姫」こと座ベガ 右下が牽牛「彦星」わし座アルタイル


時空を超え

銀河の果ての

ランデブー


若葉台 七夕

マイタウンの七夕
早~い もう7月7日



ウイリアム・ブレイク~「蝿」


釈尊は永遠に存在するものはないと教えられた。

すべての創られし事物と存在は、それが自然の物であろうが、人の手によるものであろうが、常に変化し流浪の旅をしているのである。

たとえ一瞬であろうとも、その時間の経過の中でもとのままであるものは何一つとしてない。すべては常に来たりきて、崩壊し滅し去る。

定住するものはこの「無常」だけである。

このことは、現在の物理学の最先端で明らかになっていることではあるが、釈尊の時代にはわからなかったことである。

この難解な「無常」「無我」の教義はウイリアム・ブレイクによって美しい詩に表現されている。


     蝿

小さな蝿よ
お前のひと夏の遊びを
何気なく私の手がつぶしてしまった

私もまた
お前のような蝿ではないのか ?
それとも
お前が私のような人間ではないのか ?

私だって飲んで歌って踊る
いつか何らかの盲目の手が
私をたたきつぶしてしまう日まで

思考は生命であり
かつエネルギーであり息吹である
ならば思考を持たぬことが死であるのか

それなら私は
幸福な蝿だ
生きていようが
死んでいようが





横浜駅


初代横浜駅
【初代 横浜駅】 明治5年に開業 当時は今の「桜木町駅」が横浜駅だった

2代目横浜駅
【2代目 横浜駅】 大正4年に開業 今の地下鉄「高島町駅」付近にあった

関東大震災で倒壊の2代目横浜駅
【8年後に関東大震災で倒壊した2代目 横浜駅】

3代目横浜駅
【3代目 横浜駅】 昭和3年に現在の位置へ

横浜市電(東口)
【懐かしい市電の走る横浜駅】

今の横浜駅(東口)
東口
【今の横浜駅東口】

昔は東口がメインで、西口は裏口などと言われ(笑)開発が遅れていました(>_<)
西口の歴史については後日m(_ _)m

時代の流れを感じますねぇ、つくづく・・・






横浜の老舗 2


きくや

【喜久家】
喜久家が創業したのは横浜に居留地があった時代。1924年、何と大正13年
山手の外国人居住地と山下町外国人商館とを結ぶ通勤路として、当時の元町通りは多くのムッシュやジェントルマンらでにぎわっていました。
ある日スイス婦人がレシピを持ち込んで、ヨーロッパ仕込みのケーキ職人だつた先代にケーキを焼いて欲しいと頼みました。
婦人が大変満足する品が出来上がると、そのことが山手で評判になり、次々と各国のケーキレシピが集まってきて、喜久家はどこの店よりも早くヨーロッパのケーキを作ることが出来ました。
居留地のたくさんの婦人達が教えてくれた洋菓子の味を大切に、今日も素敵な味を提供してくれます(^_^)v

喜久屋

元町(昔)








横浜の老舗 


センターグリル
【センターグリル】
創業1946年(昭和21年)
ナポリタンの原型は、ホテルニューグランドで提供された生トマトを使った料理と言われています。そのホテルニューグランドの初代総料理長 サリー・ワイル氏が経営していたセンターホテルで修行したのが、初代 石橋豊吉氏(写真右、左は2代目店主 石橋秀樹氏)です。ちなみにセンターグリルの店名もセンターホテルに由来します。

石橋親子

安くて栄養のある美味しいものを、沢山の人に気軽に食べてもらおう

これがセンターグリル初代から続く店の方針です。バイトや学業、サークルに追われる現代の若者や、サラリーマン達にガッツリ食べてもらおうと言う心意気は、今も受け継がれています。
なのでセンターグリルでは、どの時間帯でもサービス価格のランチメニューを食べる事が出来ます。まさに学生や働く人達の所としてセンターグリルはあるのです。

ナポリタン
浜ランチ
ナポリタン(上) 浜ランチ(下)
お腹いっぱいになりますよ( ̄∀ ̄*)イヒッ




 



文月


早~い未年も半分が経過(汗)

自然災害、事件事故、テロ…
新幹線での焼身自殺
結果的にはテロと同じですね(-"-;)
本当に嫌な渡世です

一人の頭の狂った爺
悪魔に憑かれたのか
信じられない事件だ

皆様、セルフディフェンスの概念を持たれて
可能な範囲でOKですからお気をつけ下さいねm(_ _)m