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開業カウンセラーの日常

煩悩


幼少より、年の瀬がせまってくると、なぜか一抹の虚しさというか寂しさをおぼえたものであった。その感情は今も変わらないۤが・・・

仏陀ならびに阿毘達磨(アビダルマ聖典;三蔵、すなわち経・律・論のなかの論蔵)は
人の心の完全性を曇らせているのは『煩悩』であると説いている。

英語では afflictive emotions(つらい感情)、defilements(心の汚れ)、mental distortions(精神のひずみ)、negative emotions(負の情動)、disturbing concepts(心身を混乱させる精神作用)などとも訳されている。

『煩悩』とは「心に生じたとたん、内に不安を生み出し、心の本性を覆って
コントロールを失わせる機能をもつ精神的要因」なのである。

こうした精神的・情緒的迷妄性は習癖的で反復的な情緒の複合体であって、病の精神的根源となる。

何千もの煩悩は、愚痴・貪欲・瞋恚(しんに;いかりやうらみ)の「三毒」に集約され、すべては根本的な無知、すなわち無明から生ずる。また煩悩は二つに大別され、さらに細分化されている。

【情緒的な迷い】
(1)顕在的なもの...後天的
(2)潜在的なもの...先天的

【理知的な迷い】
(1)顕在的なもの...誤った見解
(2)潜在的なもの...主体と客体の二元論

主体と客体の二元論、つまり恒常的に分離した「自己(我)」という観念に固執することこそが、すべての煩悩を生じさせる根本的な無知なのである。

この「自己にしがみつく(我執)」という行為は、チベット医学では以下のように、実に明確に語られている。

あらゆる病にはたった一つの原因があるだけ

すなわち それは「無我」(恒常的エゴのないこと)

この意味を理解しないことに起因する「無知」

たとえば 鳥が天高く舞い上がれたとしても

その鳥が大地に写し出された影から離れられないように

あらゆる生物が喜びとともに生き 行動するときですら

「無知」を持ち合わせているかぎり

病からは逃れられないのである
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プロフィール

Dr.Psycho

Author:Dr.Psycho
【心理カウンセラー「心のデトックス」】
もう開業して26年目になります
横浜と新潟にオフィスがあり
月のうち10日間ほど新潟に滞在

【武道家】
空手道ですが 示現流もやります

【モータースポーツ】
国内A級ライセンス

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