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開業カウンセラーの日常

古代ギリシャの中庸精神

私たち現代人は「大きい」「一番」という言葉の響きが好きである。

小浜くんの国では、最も大きな軍事力を持ち、最も大きいオレンジとジャガイモを育てているという事実を誇りにしているし、習くんの国でも小浜くんを追い越して「一番」になろうとしている。そしてわが国では、親の果たせぬ「一番」の夢を子に押しつけ、あげくに殺人事件まで起きている。

きっと、釈尊はどこからかこの様子を観ておられ、お嘆きになられているのだろう。釈尊は「中道」を説かれたが、何もこの考えは仏教の専売特許というわけではない。

古代ギリシャ人は「すべてのことに中庸」というポリシーの持ち主であった。彼らは、ただ「大きい」「一番」というだけでは全く感動しなかった。

「中庸」は彼らのライフそのものであり、生まれてから死ぬまでギリシャ人に影響を与えていた。その精神は彼らの文学・建築・衣類・女性の装飾品にまで表れている。

ギリシャ市民が劇場に行って、劇作家が良識であるところの「中庸」の鉄則をあえて破ったならば、群衆はその劇作家をこきおろしたのである。

ギリシャ人は「中庸」を政治家や運動選手にも求めた。
あるとき、誰よりも速く走ることができる選手がスパルタに来て、「私は片足で誰よりも長く立っていることができる」と自慢した時、ギリシャ人は彼を追放した。
なぜなら、彼が自慢したことは「ガチョウならもっと上手くできるのに…」程度のつまらない事と見なされたからである。





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プロフィール

Dr.Psycho

Author:Dr.Psycho
【心理カウンセラー「心のデトックス」】
もう開業して26年目になります
横浜と新潟にオフィスがあり
月のうち10日間ほど新潟に滞在

【武道家】
空手道ですが 示現流もやります

【モータースポーツ】
国内A級ライセンス

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